セントビンセントノオハラ


青年海外協力隊20年度1次隊としてカリブ海に浮かぶ小さな国セントビンセントで活動してました。
by y-oharatti
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ビンセントを離れる日

予想どおり、荷物は重量オーバー。
思い出の数だけ、荷物は重いのである。

ホストファミリー・友達・同僚、いろんな人が空港に来てくれた。

ハリーは来なかったけど。

こういうところがホントにビンシーらしい。

彼らは日本とビンセントの距離を実感として感じていない。彼らにとって海外とはバルバドスやトリニダードやアメリカの事。次ぎの休みにはすぐに帰ってくるもんだと思っている。

それで、いいのだ。

プエルトリコに着いてLIATから離れる時、本当に日本に帰るんだと実感した。
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まだまだカリビアンなプエルトリコ。スーツケースを2つ抱えてウロウロしていると、自分で運べるのかとかカートはどこで借りられるだとか、次はどこに乗り継ぐとかみんなで世話を焼いてくれる。
入管のオフィサーまで、パスポートを見ながら「君の顔の色はまるで別人だ」とかいろいろ構ってくる。こんな厚かましくも温かい人たちは、カリブならではだ。

NYへ向かうためのAmerican Airがサンファンの空港を離陸する時、こらえていた涙が溢れた。本当にカリブを去るんだ。日本に帰るんだ。

by y-oharatti | 2010-03-20 22:06

活動終了

インタースクール予選終了。今日をもって、活動終了である。
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去年と同じく、ハリーと手分けして選手のサポートに当たり、去年のように終わった。
一つを除いては。

幅跳びピットに張り付いてた私に、モーガンが「Yuko、早く本部へ行け!」と言う。何で?と聞いても、とにかく行けと言うだけ。

昼ご飯でもくれるのかと思って行ってみると、全P.Eteacherとオフィサーが待ちかまえていて、競技を中断して、フィールドに出された。

私のために、Thanks Giving Ceremonyをしてくれたのだ。
みんな、選手の事で忙しいのに。


国立競技場、全ビンセントから集まった選手の前でオフィサーから謝辞を頂き、私の名前が刻まれた盾を頂いた。身に余る光栄とは、この事である。舞台の正面に控えたP.E Teacherたちの笑顔を見ながら、返礼のスピーチさせてもらい、涙が止まらなかった。みんなの顔を見ていて、ビンセントの人たちに返る活動ができたのかもしれないと、初めて思えた。

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明日の朝、日本へ向けビンセントを発ちます。

帰国の前日まで活動はどうかと思ったが、すごく忙しかったけど直前までやって良かった。

でないと、島倉千代子じゃないが、きっと
泣いて暮らしてたから。

いろんな人のところへ挨拶へ行っては方々で泣いているので、水分不足である。


他に、ハリーや丘の上の学校からも盾を頂き、
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一体、明日空港でいくら超過料金とられるのか、いまから楽しみです(涙)

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1つのスーツケースはとっくに重量オーバー。

by y-oharatti | 2010-03-19 18:04

最後のピクニック

ホストファミリーのチャンキー達が、お別れ会を兼ねてピクニックに連れて行ってくれた。
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連日の残務処理の疲れか、ビーチに転がったら最後、
爆睡。

一番下のチビにまで、「もう起きた?」と何度も聞かれる始末。

チャンキー家に来た当初、チビの言ってる事はほとんど理解不能。チャンキーの言ってる事もかなりわからなかった。人間、成長するものである。

「Yukoはすっかりカントリー・ギャールだな!」とチャンキーに言われ、「ハネムーンで戻ってらっしゃい」とおばあちゃんに言われ、最後のチャンキー家特製スープを頂き、ビーチを満喫。
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ビンセントを離れる実感が湧かない。

by y-oharatti | 2010-03-15 23:07

最後のワーク・ショップ

最後のワーク・ショップの参加者、9人。うち、私以下の年齢5名。

当初、9月から7回を予定していたが、3度のミーティング・キャンセルやなんやかんやで、結局3回。

最終回はこじんまりと終わったが、人数が少なかったぶん、発表の途中で様々な人が発言をしたり、お互いの学校の現状を話したり、今後のビンセント体育科教育の在り方等まで議論され、
私としては御の字。

発表したアイディアやテクニックが現場に浸透するところまではフォローできなかったし、1回の伝達で理解してもらえたとは思っていない。だが、体育教師が同じ場所に集い、ビンセントの体育科教育について真剣に話す場の提供ができた事。

年配者が語る時に真剣に聞き入る若手の姿に、ビンセントの未来を見いだしたい。


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「Yukoはな、俺と一緒だ。やりたいんだよ。ただそれだけだ。」
イヤ~、ハリーにはかないませんよ。

by y-oharatti | 2010-03-10 23:56

丘の上の学校との本当のサヨナラ

普段、昼過ぎから丘の上の学校へ行く私。最初で最後の全校朝会。


校長から、私がなぜこの学校にいたのかの説明が初めてあり、言葉や習慣の違いを乗り越え、この学校が少しでも良くなる為に働いた事への謝辞を頂いた。

活動開始当初、上の機関の調整不足から私の存在意義が伝わらず、同僚体育教師にすら相手にしてもらえなかった学校。ケビンの異動は、天がくれたチャンスだった。

でも、全く2つの学校で活動できたからこそ、様々なアイディアや人との関わりが持て、こうして感謝してもらえる活動ができたのだと思う。

生徒たちは、ちゃんと見ていてくれた。

だからこそ、「ビンセントをより良いビンセントにするために、勉強に励んで欲しい。学校に来て欲しい。」という言葉に重みが出るのだと思う。


違うやり方もあったのかもしれないが、私にはやったようにしかできなかった。だが、未来に種を蒔く活動ができた点。そこにはとても満足している。


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ケビン、後は頼んだ。

by y-oharatti | 2010-03-08 22:37

30周年記念コンサート

所属するパン・チームの結成30周年記念コンサート。

うちのウリはお祭りのお囃子のはずだが、なぜか教会で。
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普段はレゲエやSOCAが中心なので、多少間違っても何とかなるのだが、ゴスペルはそうはいかない。おまけに、私の所属パートは、旋律。手に汗とは、ホントにこの事だった。

当日舞台に立つまで本当に色々とあったのだが、とにかく無事終わってよかった。

アンコールではゴスペル以外の曲も演奏し、ゴスペルを演奏するに当たってフラストレーションが溜まっていたドラマーが教会内で暴走(=いつものお囃子)しかけるという一幕もあったが、リーダーの鶴の一声で沈静化。

いろんな意味で新しいチャンレンジだった記念コンサート。みんなで一つのものを作り上げる良さ、大変さを身を以てまた実感した次第。

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それにしても、知ってる曲の多いこと。キリスト教の認知度の高さを実感。

by y-oharatti | 2010-03-07 23:20

丘の上、最終日?

「Yukoのためにみんなで用意してるから、絶対12時に来てね!」
と言われ、丘の上に行ってみると、なんとスクール・オーバー!

学校を休みにして、私の送別会をしてくれた。

いやはやなんともはや・・・。


生徒も先生も、スクール・オーバーで幸せなのだ。
私の送別会で、みんなが幸せになってくれて何よりである。大事なところが抜けているが。

ま、たまにはいいでしょう。


実際にはみんな食べて飲んで、ダラダラして、何のパーティーなんだかサッパリわからないような、いつもながらのビンセント・パーティーだったが、JICA事務所の隣の高級ホテル?のプール・サイドを借りてパーティーをしてくれ、何だかんだで1人$35ECずつ会費として払ってくれたそうだから、本当にありがたい限りである。

挨拶をしながら、なーんか涙が出るかなー、と思っていたけど、みんなの顔をみていたら、涙よりも笑顔になった。ホントに生粋のビンシー、根っから明るく何事も正直な人たちだった。

本当に色んな面で大変な学校だったけれど、最初から最後まで私の事をSur nameで「Ms,●●●」と呼ばず、人懐こくYuko,Yukoと呼んでくれたのは、ここの人たちだった。最近では生徒たちまで、「Ms.Yuko」と呼ぶようになっていた。
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活動先の選別という選択肢もあったけれど、関わり続けて本当によかった。

今日で最後、と思ってたのに、「月曜の集会で生徒に挨拶をしてね。その時に記念品も渡すわ」集会には出ない方向で、話まとめてあったじゃーん!!


やっぱりここは、丘の上。


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ケビンにウォッカ飲まされた。やる事がまだまだ若いな、ケビン。
校長曰く、「ケビンは子どもの頃から頭がイカれてるわ。」(ケビンは元教え子)

by y-oharatti | 2010-03-05 23:51

スタッフ・レース再び。

今日は丘の下のスポーツ・デー。

またまたスタッフ・レース再来。

こっちの学校はスタッフ・リレーのみ。

ハウス(チーム)に属さない我々体育科。ハリーが適当にハウスに割り振ったのに、なぜか、私とハリー同じチーム。そして、ハリーにバトンを渡すのが、私。私は1走。

これって、つまりそういう事ですかい。

1着で走って来て、ハリーに渡せと。

ハリーと一緒に走る先生たちは、みんなナウでヤングな男性教諭。過去にビンセント陸上代表だった先生もいる。ハリー、圧倒的形勢不利。でも、いいじゃん。アラフォーなんだし。仕方ないよ。スタッフみんなで走る事に意味があるんだよ。

だが、そんな理屈はビンセントで通用しない。体育科として、ここで絶対に
負けるわけにいかないのだ。
byハリー

そんなハリーのプレッシャーを一身に浴び、号砲一斉スタート。

Ms.は隼のごとく?、駆け抜けました。アラサーの英語科と社会科の女性教諭相手に、
大人気なく
全力疾走。


途中で、最近ようやく起きてきたハムスト

プチっ

と音をたて、脚を引きずりながら成田に降り立つ自分が頭をかすめ、筋肉が離れようが絶対にここで止まれないという意地だけで、

無事ハリーに1着でバトン・パス。

よかった・・・・。(涙)


我々2人の体育科の性とプライドの結果、後日のアンケートには


「Ms、すんげー速かった!」(他の2人が文化系だからだよ)

「体育の先生ってスゴイ!」(大人の悪知恵だよ)

「スタッフレース最高!」

という大絶賛を頂き、何が一番印象に残ったかという問いに対し、圧倒的多数で「スタッフ・レース!」と生徒が答えた。オイ。

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肝心の競技、

「今年、俺には確信がある!!」と私には言い放つハリー。
※他の人や生徒には絶対言わない。コーチとして優れている証拠。

それもそのはず、14歳~16歳クラス男子100m決勝1着11”15(手)

ビンセントだから、100mって言っても10センチぐらい足りないかも知れないし、
ビンセントだから、計時もいい加減かもしれないけど、

フカフカの芝生でこれは、すごいと思う。しかも、向かい風。-1.0ぐらい?

こちら、200m決勝の模様。
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大腿四頭筋が瀕死です。100m1本でオール・アウト。
もはや筋肉痛なのか筋膜炎なのかすら分からない状態。

by y-oharatti | 2010-03-02 23:46